読書の感想:「女中がいた昭和」河出書房新社

 

女中がいた昭和 (らんぷの本) | 小泉 和子 |本 | 通販 | Amazon


上記図書を読んで感じたことを、気ままに書いてみよう。

 


 戦後日本の占領軍家庭で雇われた家事使用人と「高度人材優遇」のための「家事使用人」の採用の類似点と相違点について論じる。まず類似点についてだが、大きく四つの類似点がある。

一つ目の類似点は、雇用主の使用人に対する経済的優越である。戦後の占領軍家庭に従事する家事使用人の雇用する側について見てみると、資料①にも書いてあるように間接雇用の時期の雇用主は日本政府であり、賃金を政府が支払っていたという意味でも雇用主が明らかに使用人に対して経済力で優越している。また、これは高度人材優遇のための家事使用人についても言える。資料②によると「家事使用人の帯同の許容」の条件として「高度人材の年収が1,500万円以上であること」と記されており、また別の条件には「家事使用人に対して月額20万円以上の報酬を支払うことを予定していること」とある。月収20万円ということは年収に換算すると240万円となり、こちらも明らかに雇用する側が家事使用人に対して経済的に優越している。

また、二つ目の類似点は「子供の世話」をするということが家事使用人を雇用する条件の構成要素としても、仕事の内容としても重要性を持っているということである。資料①の129項にあるように、占領軍家庭での家事使用人の雇用条件として、「十九歳以上」「三十歳未満」「三十―三十五歳」などと記されている。高校生や中学生などの少女は雇用条件を満たさなかったことは明白であり、「子供の世話」をすることに比較的、また一般的に適した年齢であることが雇用の条件だったことがわかる。そして資料①の141項に「なお道具について入れなかったがベビーシッターとしてのメイドたちの証言もある。ベビーシッターの際、子供が善悪を判断できる年齢になると、悪いことをしたときは叱ってください、叩いてくださいと言われたという。」と書かれている。当時、アメリカ人が上で日本人メイドたちが下という力関係があったにもかかわらず「叩く」という他人の子供にする場合リスクを伴うしつけさえもメイドたちは課されていたことがわかる。まさに「子供の世話」の重要性が表れている。また、「高度人材優遇」のための「家事使用人」の帯同の条件についても、資料②に書かれているように、主要な条件を満たさない家事使用人の雇用についての条件の一項に「家庭の事情(申請の時点において、13歳未満の子又は病気等により日常の家事に従事することができない配偶者を有すること)が存在すること」とあり、「子供の世話」ということが家事使用人雇用の条件の特別な要素になっていることがわかる。またホックシールドの提唱した「感情的余剰価値」の概念にみられるように家事使用人が自分の子供へ注げない愛情を従事する家庭の子供にそそぐという賃金にならない価値が加わることがあるためこれからも「子供の世話」ということが仕事内容として重要性を持っているということがわかる。

そして、三つ目は占領軍家庭で雇われた家事使用人にも「高度人材優遇」のための「家事使用人」の帯同に関しても労働基準法が適用されなかったということである。資料①の145項に「労働基準法は労働条件の最低基準を定めた法律で・・・同法の適用範囲から家事使用人は除外されたためである。」とあるように戦後すぐには家事使用人に対しては労働基準法が適用されなかったことがわかる。そして現在においても同じように家事使用人に対して労働基準法は適用されていない。ケアの分野は経済のアンダーグラウンドを担う「不可視」な分野であり、「家事使用人」と認定された時点で労働の実態を把握することは困難となり、その労働の特殊性も相まって労働基準法が適用されなくなってしまうという問題を抱えていた。

そして最後は「帯同する家庭の世帯主の使用する言語の使用」に関しての類似である。資料①の129項の募集要項を見ると「英語の多少わかる方」と記されており、また142項にも「語学の勉強はどうしていたのかと聞くと、“一日一単語ずつ覚えれば一年で三百六十五個覚えられるわ”と奥さんと、二人で字引を引きながら勉強したそうだ。」とある。当時の占領軍はアメリカ人でありもちろん使用する言語は英語であるから、世帯主の使用する言語のある程度の使用が求められていたことがわかる。そして次は「高度人材優遇」のための家事使用人の帯同に関する隠れた前提を確認する。前提の一つに「“高度人材”が使用する言語を話すこと。」とありこちらも世帯主である高度人材の使用する言語の使用が求められている。以上「雇用主の使用人に対する経済的優越」、「家事使用人の雇用の際の‘子供の世話’ということの重要性」、「労働基準法の適用がされないこと」、「帯同する家庭の世帯主の使用言語の使用」の四つが類似点である。

 


次に相違点について論じる。 

一つ目は「雇用までの家事使用人としての実績の評価」である。占領軍家庭で雇われた家事使用人については資料①の140項に「生活習慣の違いがメイドたちにとっては大きな障害だったようである。」とある。また141項には「しかし一面では冷暖房完備の家の中で、新しい家具食器を使うことは新鮮で面白いことでもあり、誇りでもあったと考えられる。」とあるように、日本人にとってはアメリカの文化は何もかも新鮮で初めての経験であり、一から家事労働者としての職業を始めていたことがわかる。これに対し、「高度人材優遇」のための「家事使用人」の帯同に関する資料②の許容条件を見ると「帯同する家事使用人が本邦入国前に一年間以上当該高度人材に雇用されていたものであること。」とあり日本に帯同するためには過去の実績が伴う必要があることがわかる。ここに家事使用人としての実績の評価の有無が如実に表れている。

 


二つ目は家事使用人雇用の人数に関しての違いである。戦後の占領軍家庭で雇われる家事使用人は資料②に何度も「数人の」と記してあるように一人でなく数人である場合も多かったことがわかる。おそらく、家事使用人の雇用人数は規制などなく何人もの家事労働者が従事していたと思われる。これを可能にしたのは間接雇用制度であろう。資料②の127項に「労働者は占領軍の指揮を受けて使用されるものの、雇用主は日本政府であり、給与は戦後処理費から支出された。」とある。そして、まぎれもなくこの間接雇用制度が数人の家事労働者の雇用を可能としていた。というのも、日米安全保障締結による米軍の駐留の継続に先立って米占領軍の日本人労働者の給与がアメリカ側の負担に切り替えられると、同じく資料②の144項に「そのため、これまで数人の使用人利用していた家が、給与が自己負担になったことを受けて使用人数を減らし、労働者一人当たりの労働量が増加したなどのケースもあったようだ。」と記されるように、日本政府が雇用をしている間接雇用の場合とは違い、アメリカの各家庭が給与の負担をする直接雇用になると、使用人を多く雇うことができなくなったからである。一方で「高度人材優遇」のための「家事使用人」の帯同の許容条件には資料②より「帯同できる家事使用人は1名まで」とある。また高度人材優遇の隠れた前提としては家事使用人の就労は一人の雇用主に限定されるということがある。さらに上述のように許容条件には高度人材の最低限の年収や、家事使用人に対する報酬の最低額などが定められている。ここから言えるのは「高度人材優遇」のための「家事使用人」の帯同においては初めから直接雇用制度が用いられ、この制度を可能にするのは就労先も、雇用できる家事使用人の人数も「一人」に厳格に定める許容条件である。さらには、逆に就労先も、雇用人数も「一人」であるから直接雇用制度を用いることができるとも言える。

以上の「雇用までの家事使用人としての実績の評価」と「雇用形態と、雇用人数の条件」の二つが類似点である。