読書の感想:『メコン河開発-21世紀の開発援助』

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「知識生産」とは、国際機関によって、民間・公的企業・投資家・機関や、市民、政府が、国を超えて複雑に組織化され、「経済性」へ方向付けられ、開発計画についての一連の情報が構築されることを意味する。「知識生産」の過程では、組織化された各々のアクターは「経済性」を基準に、自発的に情報を収集・分析・評価するようになる。

 以上の定義をふまえ、ナム・トゥン・第2ダムにおける住民へのコンサルテーション(松本1997,pp.121-126)を「知識生産」という観点から分析する。A村の事例では、村人は、焼き畑をやめ、適切な米作や職業を学びたいと述べている。また、開発グループのブントン氏は、森林監視員の募集、養魚の研修などの職業代替案を示した。B村の事例では、開発側の人間が、仕事に熱意のある人には、財政的・技術的支援、移転に伴う住居の補償などを提案している。以上からは、村民を「近代化」し、現代社会において「経済」に寄与するアクターへと変化させていく「知識」が生産されていることがわかる。もちろん、このコンサルテーションのプロセスでは、各アクターの利害関係によって、プロジェクトの推進に不利な情報は無視され、プロジェクトを押し進めるデータが利用され、「経済性」が前提で話しが進められている。このように、開発計画によって、「近代化」「経済的合理化」のための知識が、各アクター同士のつながりの中で生産される。世界銀行は「情報公開と住民意見の反映」という目的でコンサルテーションを提案したにすぎない。それでも、各アクターは自発的に「近代化」「経済化」のための開発と向かっていくのである。

 松本(1997)では、すべての開発が経済=金という観点から推進されていると述べられている(p.167)。その上で、開発とは「人々や社会が持っている力を引き出すこと(p.168)」であるべきだとしている。しかし、上で述べたように、現代のような資本主義社会では、もはや「近代化」・「経済合理化」(つまり資本ベース)ではない開発を考えることは有効ではないだろう。つまり、開発を経済=金ではなく、人間や社会の力を引き出す開発という考え方にいたるのは難しい。なぜなら、すべてのアクターは、資本を増やすために動かざるをえないからである。しかし、だからといって資本主義社会を終わらせるなどという極論を述べても意味がない。これからの開発には、環境や社会へ負の影響を及ぼすような開発に我々が批判的なまなざしをむけ、そうすることで投資家や企業、政府の利益が損なわれるような価値観が必要だろう。つまり、各アクターが利益を得ることは目的でありつつ、「社会や人間の力」を引き出す開発が投資家から注目され、市民から賛同を受け、各アクターの利益につながるという思考枠組みが構築されることが望ましいだろう。

 


 地域研究の意義は、①学問横断的な研究により因果関係を実証すること、②研究から得られた知見により諸学問へのフィードバックを行うこと、の2つに集約できるだろう。

 学問横断的な研究により因果関係を実証すること(意義①)の重要さを示す事例は、中国の漫湾ダムがタイ・チェンセンでのメコン河に影響を与えているのかという議論に良く表れている。上流国である中国のダム建設が、チェンセンにおけるメコン川の水位の減少に及ぼす影響については小雨が原因であると同定された。一方で、魚と堆砂の減少はダムの影響であると判断された。これらは、自然科学からのアプローチである。しかし、メコン川の水位変動や浸食の原因として「国際河川管理についての法律の不在」という考えをすることもできる。この視点から、国際河川利用に関する条約の制定が推進されたのだろう。これは社会科学的なアプローチである。このように、地域研究は地理学・統計学・人類学・法学・政治学・経済学・商学などのあらゆる学問の理論を総動員して、因果関係を実証して行く。これにより、社会現象という原因と結果の関係が複雑な事象においても、より精緻に因果関係を実証することができるだろう。

 次に、学問横断的な研究から得られた知見により諸学問へのフィードバックを行うこと(意義②)についての事例を示す。それはまず、ナムグムダムにおける住民移転の問題である。経済学的にみれば、同じ面積の土地が与えられた場合の各人の利益は変わらない。しかし、もともと森に居住する人と、低地に居住する人では文化や慣習が異なる(文化人類学的視座)。また、その土地の場所・気候によっても大きく利益は変わってくるだろう(地理学・農学的視座)。さらに、パクムン・ダムやトゥンヒンブン・ダムにおいて住民の声が、ダム建設に反映されず、杜撰な環境アセスメントが行われていたことからも経済学的理論への疑問が唱えられる。つまり、経済学的な環境アセスメントの進め方では、アセスメント過程において科学性も民主性も担保されなかったのである。以上2つの事例に見られるように、学問横断的な地域研究は、従来の学問が説明してきた理論や方法を用いることで、その理論や方法の妥当性を問い直すというフィードバックとしての役割がある。

 以上、いくつかの具体的な事例をもとに、地域研究の意義は①学問横断的な研究により因果関係を実証すること②そこから得られた知見により諸学問へのフィードバックを行うこと、の2点に集約されることを論じた。