労働移動支援助成金の問題と課題

 

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序論

 本記事の目的は、近年その予算を増加している労働移動支援助成金が必要とされている理由・問題点・将来に向けた課題を明らかにすることを目的とする。

 今野(2012)などに指摘されるように、現代の日本社会には、低賃金で過労死寸前まで長時間労働させる・自己都合退職を強要するなどの「ブラック企業」が蔓延している。そして、若者はブラック企業であっても、転職のリスクを恐れてなかなか辞職することができない。その結果、過労死や自殺といった社会問題を生んでいる。しかし、今野(2012)は、すべての日本企業がブラック企業になる可能性があると指摘している(p.186)。つまり、意図的に「ブラック」たろうとする企業よりも、知らずのうちに「ブラック企業」化してしまう企業があるということだ。

 そこで、本記事は労働移動支援助成金が、知らずのうちに「ブラック企業」になってしまった企業と、そこで苦しむ労働者への有効な対策になるのかを検討する。まずはじめに、労働移動支援助成金が必要とされる理由について述べる。次に、労働移動支援助成金の問題点を指摘する。そして最後に、労働移動支援助成金の将来に向けた課題を提示する。

 


本論

労働移動支援助成金が必要とされる理由

 日本企業は元来、終身雇用制度・年功序列賃金と引き換えに、労働者に対して強力な指揮命令権を持っていた(今野,2012)。しかし、バブル崩壊リーマンショックなどの金融危機を経て、日本企業はもはや終身雇用・年功序列賃金を維持するほどの体力を有していない。それにもかかわらず、日本企業は労働者に対して、未だに強い指揮命令権を持っている。このギャップが、知らず知らずのうちに、「ブラック企業」を生み出している。

 このように、意図せず「ブラック企業」になった企業で働く労働者にはどのような選択肢があるだろうか。その一つに転職という可能性がある。しかしながら、今城・中村・須東・藤村・今野(2014)によると、転職回数が0回の人は転職意向が低く、転職回数が3回以上の人は転職意向が高い。つまり、ブラック企業に勤めている労働者のうち、転職したことの無い人は転職しようとさえ思わないという問題が存在している。そして、総務省統計局の労働力調査によると、平成26年度の就業者のうち前職のある者で、過去1年間に離職を経験した者(転職者比率)は4.6%にとどまっている。つまり、日本の労働者は転職を経験した者の数は多いとは言えず、転職をしたことが無い者はそもそも転職しようとさえ思わないという現状にある。

 このような現状に対処するために、政府は「雇用維持型から労働移動支援型への転換」を具体策として掲げている(首相官邸,「新たな成長戦略 ~「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」~日本産業再興プラン」)。より具体的には、助成金について、雇用調整助成金(2012年度実績額:約1134億円)から労働移動支援助成金(2012年度実績額:約2.4億円)に大胆に資金をシフトさせ、2015年度までに、双方の予算規模を逆転させるようだ(みずほ総研,2013)。

 労働移動支援助成金とは、事業規模の縮小等により離職を余儀なくされる労働者等に対する再就職支援を職業紹介事業者に委託したり、求職活動のための休暇を付与する事業主に、助成金が支給される制度である(厚生労働省,「労働移動支援助成金」。つまり、事業主に労働者への再就職支援に対する、インセンティブ助成金という形で与えることで、転職を活発化させようとする政策である。意図せず「ブラック」化した企業が、この制度によって再就職支援を労働者に提供し、助成金をもらうことで、労働者は苦しまずに転職することができる可能性がある。もとより、意図的に「ブラック」化したわけではない企業については、この制度により、自己都合退職の強要を行う代わりに、助成金をもらって労働者とウィンウィンの関係を築くことができる。

 


労働移動支援助成金の問題点

 以上のように、意図せず「ブラック」化してしまった企業にとって、労働移動支援助成金は、労働者の転職を支援するインセンティブになるという利点はある。しかしながら、この助成金には1つ大きな問題が存在している。

 それは、企業が助成金を得るための、再就職支援をする労働者が、「事業規模の縮小等に伴う、1整理解雇、2希望退職応募、 3勧奨退職、43年以上雇用され更新を希望したにも関わらず期間満了雇止めによって離職する、常用労働者」に限られているという点だ。

 この条件の持つ問題の一つ目は、「事業規模の縮小に伴う」という条件だ。なぜならば、「ブラック企業」は事業が拡大しているにもかかわらず、解雇を行おうとする場合が多いからだ。つまり、事業拡大の局面で人員をコンパクトにしようとする場合にこの助成金は給付されない。そのため、意図せず「ブラック」化した日本企業はこの助成金を利用することができず、結果として労働者の苦しみにもつながってします。

 そして条件の2つめの問題は、常用労働者に限られている点だ。「ブラック企業」は事業拡大局面で、できるだけコストの少ない非正規雇用契約社員を雇う場合が多い。そして、そのような労働者が長時間・低賃金・退職強要などのパワーハラスメントの対象になりやすい。したがって、この助成金が給付されるからと言って、非正規雇用契約社員の転職は活性化しない。

 


労働移送支援助成金の将来に向けた課題

 では、労働移動支援助成金について、今後どのように政策的な改革を行っていくべきなのだろうか。この問いへの答えは、2つの問題点に即して考えることができる。

 まず、労働市場規制緩和の局面にあっては、事業拡大局面にあっても、再就職支援をすることを条件に助成金を交付するべきである。それによって、現職に不満を持つ労働者は転職しやすくなり、事業主も拡大局面の人員調整を行うことへの規制が減ることになる。

 また、条件として常用労働者だけでなく、非正規雇用契約社員にも対象者を広げるべきである。現在、非正規雇用契約社員には、常用労働者と変わらない働き方をしているものが多い。したがって、健全な転職市場が存在している場合は、買い手も少なくないはずである。それならば、再就職支援をすることは無駄にはならず、むしろ労働者にとってもチャンスとなり、事業主にとっても助成金を得るインセンティブになるだろう。

 


結論

 本記事は、労働移動支援助成金の必要性を意図していない「ブラック企業」という観点から明らかにした上で、その再就職支援を行う事業主・支援対象者の条件に問題があることを指摘した。その上で、その問題点を解決するために、事業主・対象者ともに条件を拡大することが課題であることを指摘した。

 しかしながら、本記事は転職を活性化させる政策について、事業主への助成金という間接的なものしか取り上げていない。今後は、転職希望者にどのような社会政策が必要であるのかを明らかにする必要がある。

 

 

参考資料

 


厚生労働省「労働移動支援助成金

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyou/kyufukin/roudou_idou.html 2017年1月30日閲覧

 


今城 志保・中村 天江・須東 朋広・藤村 直子・今野 浩一郎「中高年ホワイトカラーの転職の実態と課題」『経営行動科学』27:2,137-157

 


今野晴貴(2012)『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』文春新書

 


首相官邸「新たな成長戦略 ~「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」~ 日本産業再興プラン」http://www.kantei.go.jp/jp/headline/seicho_senryaku2013_plan1.html

2017年1月30日閲覧

 


総務省統計局平成26年度労働力調査

http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/dt/pdf/ndtindex.pdf

2017年1月28日閲覧

 


みずほ総研(2013)「―再興戦略にみる雇用政策の転換の意味―ミドル層の労働移動」http://www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2013/0806.html2017年1月28日閲覧